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事業承継で弁護士が必要になるのは、後継者以外の相続人との遺留分、株式の分散や名義株、M&Aの契約交渉、経営者保証の解除、株主間の対立といった「法的な利害調整」が絡む場面です。税金の計算は税理士、人と人との権利関係の整理は弁護士、という役割分担で考えると判断しやすくなります。
この記事でわかること
- 弁護士が必要なのは遺留分・株式分散など5つの場面です
- 財産10億円を長男に集中させると次男の遺留分は2.5億円です
- 民法特例は合意から1か月以内に経産大臣へ確認申請が必要です
- 弁護士報酬は事務所ごとに定められ、着手金・報酬金等で構成されます
- 株式を動かす前に弁護士へ相談するのが最も効果的です
監修者
中島宏明
投資コラムニスト、経営者のゴーストライター(書籍、オウンドメディア、メルマガ、プレスリリース、社内報、スピーチ原稿、YouTubeシナリオ、論文…)
2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。2014年に一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号通貨投資、不動産投資、事業投資を始める。現在は複数の企業で経営戦略チームの一員を務めるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。マイナビニュースで、投資・資産運用や新時代の働き方をテーマに連載中。
事業承継で弁護士が必要なのはどんなケース?
事業承継で弁護士の関与が必要になるのは、承継によって誰かの権利が減ったり、契約上の義務が移ったりする場面です。自社株の評価や納税資金の準備だけで完結するケースでは、税理士が中心で足ります。
納税資金が足りないときに取れる延納・物納・金庫株などの手段は、自社株の相続税が払えない場合の対処法をまとめた記事で解説しています。

【用語解説】遺留分とは
兄弟姉妹以外の相続人に法律で保障された最低限の取り分のことです。遺言や生前贈与で財産を後継者に集中させても、他の相続人は遺留分に相当する金銭を請求できます。
ケース①後継者以外に相続人がいる
最も相談が多いのがこのケースです。自社株を後継者1人に集中させると、他の子どもの遺留分を侵害する可能性があります。日本弁護士連合会も、子に会社を継がせる際のきょうだい間の揉め事について「事前に相続対策や遺留分対策を行うことで、後の紛争を防止することが考えられます」としています(日本弁護士連合会ひまわりほっとダイヤル「事業承継・M&A」)。
ケース②株式が分散している・名義株がある
創業時に親族や知人の名義を借りて出資した「名義株」や、相続を重ねて株主が数十人に広がった会社では、後継者が議決権を確保できません。所在がわからない株主がいる場合、経営承継円滑化法に基づく「所在不明株主に関する会社法の特例」の前提となる認定制度も設けられています(中小企業庁経営承継円滑化法による支援)。株式の買い集めや整理には交渉と法的手続が伴うため、弁護士の領域です。
ケース③M&A(第三者承継)で会社を譲渡する
株式譲渡契約の表明保証条項や、譲渡後に発覚した簿外債務の補償範囲は、売り手の手取りを左右します。M&A仲介会社は成約を目指す立場のため、売り手個人の利益を守る代理人として弁護士を別に立てるオーナーも少なくありません。
ケース④経営者保証を外したい
会社の借入に社長個人が保証している場合、後継者がその保証を引き継ぐことを嫌がって承継が止まる例があります。日本弁護士連合会は、弁護士が金融機関との交渉に入り「経営者保証に関するガイドライン」の特則を活用して保証債務の解除を試みる方法を示しています。
ケース⑤後継者と他の株主・役員が対立しそうだ
先代の兄弟が役員に残る、共同創業者が株を持っているといった状況では、承継後に経営方針をめぐる対立が起きがちです。株主間契約や種類株式の設計で、議決権と配当をどう配分するかを事前に決めておく必要があります。
遺留分とは?自社株を後継者に集中させると何が起きるか
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に保障された取り分で、子や配偶者が相続人に含まれる場合は遺留分を算定するための財産の2分の1、直系尊属のみが相続人の場合は3分の1です(民法第1042条)。自社株の評価額が大きいオーナーほど、この規定の影響を強く受けます。
2019年の民法改正で「金銭での請求」に変わった
現行の民法では、遺留分を侵害された相続人は、侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法第1046条)。株式そのものを取り戻されるわけではない一方、後継者は数億円単位の現金を用意しなければならない事態が起こりえます。
さらに、相続人に対する贈与は相続開始前10年間のものが遺留分の計算に含まれます(民法第1044条第3項)。「10年以上前に株を贈与したから安心」とは言い切れない点にも注意が必要です。請求権は、相続の開始と侵害を知った時から1年、または相続開始から10年で時効により消滅します(民法第1048条)。
試算:自社株8億円を長男に集中させた場合
相続人が子2人(長男・次男)、配偶者なしのオーナーを想定し、遺留分がいくらになるかを試算します。長男が後継者として自社株8億円を生前贈与で受け取り、残りの財産2億円も遺言で長男に相続させたケースです。

| 項目 | 金額・割合 | 根拠 |
|---|---|---|
| 遺留分を算定するための財産 | 10億円(自社株8億円+その他2億円) | 贈与が相続開始前10年以内の場合 |
| 全体の遺留分割合 | 2分の1 | 民法第1042条第1項第2号 |
| 次男の法定相続分 | 2分の1 | 子2人で均等 |
| 次男の個別の遺留分割合 | 4分の1(2分の1×2分の1) | 民法第1042条第2項 |
| 次男の遺留分額 | 2億5,000万円 | 10億円×4分の1 |
| 次男が実際に受け取った財産 | 0円 | 全財産が長男へ |
| 長男が請求されうる金額 | 2億5,000万円(現金) | 民法第1046条 |
表1:自社株を後継者に集中させた場合の遺留分試算(筆者試算)
※債務や特別受益の有無、株式評価の方法によって金額は変わります。個別の計算は弁護士・税理士にご確認ください。
長男が受け取った財産の大半は換金しにくい自社株です。2億5,000万円を現金で支払えなければ、会社からの借入や役員報酬の前払い、最悪の場合は株式の一部売却を迫られます。事業承継の設計段階で弁護士が入る最大の理由は、この金額を「ゼロにする」か「払える形にする」ための手を先に打つことにあります。
弁護士が使う法的な対策手段は?
弁護士が事業承継で使う主な手段は、遺言、遺留分に関する民法の特例、種類株式、相続人等に対する売渡請求、株主間契約の5つです。1つで完結することは少なく、家族構成と株主構成に合わせて組み合わせます。
| 手段 | 目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 遺言(公正証書遺言等) | 自社株の承継先を指定する | 遺留分の請求そのものは防げない |
| 民法特例(除外合意) | 贈与した自社株を遺留分の計算から外す | 推定相続人全員の合意と家庭裁判所の許可が必要 |
| 民法特例(固定合意) | 自社株の評価額を合意時の価額に固定する | 会社の株式のみ対象 |
| 種類株式(議決権制限・拒否権付株式等) | 財産は公平に分け、議決権は後継者に集める | 定款変更が必要。公開会社では一部の種類を発行できない |
| 相続人等に対する売渡請求 | 相続で分散した株式を会社が買い戻す | 定款の定めが必要。譲渡制限株式に限る |
| 株主間契約 | 役員選任・配当・株式譲渡のルールを決める | 契約当事者以外には効力が及ばない |
表2:事業承継で弁護士が用いる主な法的手段(2026年9月時点の法令に基づく整理)
遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)
経営承継円滑化法に基づく民法特例を使うと、先代経営者から後継者に贈与された株式を遺留分の計算から除外したり(除外合意)、算入する価額を合意時点の価額に固定したり(固定合意)できます。固定合意は、承継後に後継者の努力で株価が上がっても、その上昇分が他の相続人の遺留分に反映されない点が利点です。
手続には期限があります。推定相続人(兄弟姉妹とおい・めいを除く)と後継者の全員で合意書面を作成し、合意した日から1か月以内に後継者が経済産業大臣へ確認を申請、確認を受けた日から1か月以内に家庭裁判所へ許可を申し立てます。家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意によるものと認めなければ許可できません。申立ての費用は収入印紙800円分です(裁判所遺留分の算定に係る合意の許可)。
民法特例は「推定相続人全員の合意」が前提です。1人でも反対すれば使えません。家族関係がこじれる前、先代経営者が元気なうちに話し合いの場を設けることが、制度を使える唯一の条件といえます。
種類株式と売渡請求で議決権の分散を防ぐ
会社法は、議決権を行使できる事項や譲渡の承認などについて内容の異なる株式の発行を認めています(会社法第108条)。後継者以外の子には議決権のない株式を渡し、財産上の公平と経営権の集中を両立させる設計が典型例です。また、定款に定めを置けば、相続で株式を取得した人に対して会社が売渡しを請求できます(会社法第174条)。
事業承継は税理士と弁護士のどちらに相談すべき?
税金の額を決める論点は税理士、権利関係と契約の論点は弁護士が担当します。自社株評価や事業承継税制の適用判断は税理士の専門領域であり、弁護士が単独で対応するものではありません。
| 論点 | 税理士 | 弁護士 | 司法書士 |
|---|---|---|---|
| 自社株の評価 | ◎ | - | - |
| 事業承継税制・贈与税の申告 | ◎ | - | - |
| 遺留分対策・民法特例の合意書 | ○(評価額の算定) | ◎ | - |
| 遺言の設計 | ○(税負担の検証) | ◎ | ○ |
| 種類株式・定款変更 | ○(評価への影響) | ◎ | ◎(登記) |
| M&Aの契約交渉 | ○(税務デューデリジェンス) | ◎ | - |
| 経営者保証の解除交渉 | - | ◎ | - |
表3:事業承継の論点別に見た専門家の役割分担
◎=主担当 ○=関与する -=通常は担当しない
実務では、税理士が株価を試算し、その数字をもとに弁護士が遺留分対策と合意書を設計する、という往復が発生します。両者が連携していないと、税務上は最適でも相続人間の紛争リスクが残る、あるいはその逆の設計になりかねません。税理士側の選び方については、事業承継に強い税理士の見極め方と費用相場をまとめた記事が参考になります。

事業承継で弁護士に相談すべきタイミングはいつ?
弁護士に相談すべきなのは、自社株の贈与や遺言作成など「株を動かす前」です。贈与後や相続発生後に相談しても、遺留分の請求そのものを消すことは困難になります。
株を動かす前が最も選択肢が多い
民法特例の合意も、種類株式への転換も、先代経営者が株主として意思表示できる間にしか実行できません。認知症などで判断能力が低下すると、定款変更の議決も贈与契約も難しくなります。日本弁護士連合会も、準備のないままオーナー社長が亡くなった場合は遺産分割協議や株主総会の開催が必要になることがあると注意を促しています。
事業承継税制のスケジュールとも連動させる
法人版事業承継税制の特例措置を使う場合、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日、贈与・相続の適用期限は令和9年12月31日です(国税庁No.4148 法人版事業承継税制)。株式を後継者へ集中させる贈与を特例措置で行うなら、遺留分対策の合意も同じ時期に固めておく必要があります。
事業承継の弁護士費用の目安は?
弁護士費用は個々の弁護士が基準を定めるオープン価格であり、全国共通の定価はありません。日本弁護士連合会は、費用の種類として着手金・報酬金・手数料・法律相談料・顧問料・日当・実費を挙げ、依頼時に総額でどの程度必要になるかを確認するよう呼びかけています(日本弁護士連合会弁護士費用(報酬)とは)。

| 費用の種類 | 内容 | 事業承継での例 |
|---|---|---|
| 法律相談料 | 相談に対する費用 | 承継方針の初回相談 |
| 手数料 | 争いのない事務的手続の費用 | 遺言・合意書・契約書の作成 |
| 着手金 | 依頼時に支払い、結果にかかわらず返還されない | 株式買取りの交渉、M&Aの代理 |
| 報酬金 | 成功の度合いに応じて事件終了時に支払う | 交渉が成立した場合 |
| 顧問料 | 継続的な法律事務への対価 | 承継期間中の継続支援 |
| 日当・実費 | 出張や印紙代等 | 家庭裁判所への申立て費用等 |
表4:事業承継で発生しうる弁護士費用の種類
公開されている価格例として、事業承継を扱う法律事務所の中には、法律相談料を30分5,500円〜1万6,500円程度、着手金を30万円程度から、成功報酬を得られた利益の10%などと示しているところがあります(デイライト法律事務所の公開情報)。自社株の評価額が数億円規模になる案件では、成功報酬の算定基礎を「経済的利益」のどこに置くかで総額が大きく変わるため、契約前に計算方法を書面で確認しておくことが欠かせません。
事業承継に強い弁護士の選び方は?
事業承継に強い弁護士とは、相続法と会社法の両方の実務経験があり、税理士と連携して株価の数字を前提に設計できる弁護士です。相続専門・企業法務専門のどちらか一方だけでは、事業承継の論点をカバーしきれません。
- 遺留分の合意書や民法特例の手続を実際に扱った経験があるか
- 種類株式の導入や定款変更を設計した実績があるか
- M&Aの株式譲渡契約で売り手側の代理人を務めた経験があるか
- 事業承継に詳しい税理士と日常的に連携しているか
- 報酬の計算方法(特に成功報酬の算定基礎)を書面で示してくれるか
「家族全員の弁護士」にはなれない点に注意
弁護士法は、相手方の協議を受けて賛助した事件などについて職務を行うことを禁じています(弁護士法第25条)。後継者と他の相続人の利害が対立する局面では、1人の弁護士が双方の代理人を兼ねることはできません。先代経営者・後継者のどちらの立場で依頼するのかを最初に明確にし、他の相続人には別の弁護士への相談を勧めるのが通常の進め方です。
事業承継の全体像、つまり親族内承継・従業員承継・M&Aのどれを選ぶか自体をまだ決めていない段階であれば、承継方法の比較から税金・進め方までを整理した解説記事から読み始めると、弁護士に何を相談すべきかが明確になります。

まとめ
- 弁護士が必要なのは遺留分・株式分散・M&A契約・経営者保証・株主間対立の5場面です
- 自社株8億円を含む10億円を長男に集中させると、次男の遺留分は2億5,000万円(現金)です
- 民法特例は合意から1か月・確認から1か月という2段階の期限があります
- 弁護士費用はオープン価格のため、成功報酬の算定基礎を契約前に書面で確認します
- 株を動かす前、先代経営者が元気なうちに相談するのが最も効果的です
事業承継と弁護士に関するよくある質問
- Q. 事業承継で弁護士と税理士、どちらに先に相談すべきですか?
-
自社株の評価額がわからないと遺留分の大きさも判断できないため、まず税理士に株価を試算してもらうのが一般的です。ただし、後継者以外の相続人がいる、株主が分散しているといった事情がある場合は、株を動かす前の段階で弁護士にも同時に相談することをおすすめします。
- Q. 遺言があれば遺留分の問題は解決しますか?
-
解決しません。遺言で自社株を後継者に集中させても、他の相続人は遺留分侵害額に相当する金銭を請求できます(民法第1046条)。遺留分を計算から外すには、民法特例の除外合意などの手段が別途必要です。
- Q. 民法特例の手続にはどれくらいの期間がかかりますか?
-
合意から1か月以内に経済産業大臣への確認申請、確認から1か月以内に家庭裁判所への申立てという2段階の期限があります。合意書の作成と推定相続人全員の説得に要する期間は家族の状況次第のため、早めに話し合いを始めておくと安心です。
- Q. 顧問弁護士がいれば事業承継も任せられますか?
-
顧問弁護士が企業法務中心の場合、相続法や民法特例の実務経験が十分でないことがあります。事業承継の実績を確認し、必要であれば事業承継に詳しい弁護士へのセカンドオピニオンを検討するのが一般的です。
- Q. 公的な相談窓口はありますか?
-
全国47都道府県に公的支援機関として事業承継・引継ぎ支援センターが設置されており、弁護士や税理士などの専門家と連携して相談に対応しています。日本弁護士連合会も中小企業向けに「ひまわりほっとダイヤル」を運営しています。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の勧誘や投資助言を行うものではありません。記事内の情報は執筆時点のものであり、最新の状況とは異なる場合があります。実際の投資判断や税務上の判断については、資格を有する税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。



